インタビュー

中林 碧海さん

中林 碧海さん


◆移住元

栃木県那須塩原市

 

◆移住した年

2013年4月〜

 

◆略歴

1987年9月 東京都生まれ

2006年7月 仕事のため伊豆諸島・御蔵島を訪れる、靖晴さんと出会う

2010年10月 靖晴さんが養蜂修行している栃木県那須塩原市へ移住

2012年10月 勝浦で物件が見つかる

2013年4月 勝浦へ完全移住

2013月10月 中林養蜂を開業

2015月10月 長男の要芽くんを出産 

 

◆家族構成
中林 靖晴さん

中林 碧海さん

長男:要芽くん



− 本日はよろしくお願いします。まず初めに自己紹介をお願いします。

中林さん:

中林 碧海(なかばやし あおみ)です。今は私と主人と小学2年生の息子、犬と猫で暮らしています。2013年4月に勝浦へ移住してきました。

 

生まれと育ちは夫婦ともに東京です。私は20歳くらいまで東京にいて、専門学校に通っていたんですが、途中から長期休みを使ったり、バイトの研修で地方に行く機会が多く、卒業してからも住み込みのバイトを何年かした後に、栃木の那須塩原に行って、その後に勝浦に来ました。現在は勝浦の杉戸という山の方の地区に暮らしながら、旦那とふたりで養蜂業を営んでいます。


Episode① 勝浦移住生活編


「絶対にここ!」勝浦で理想的な土地に出会う


− 移住を考えたきっかけを教えてください。

中林さん

18歳のときにバイト兼研修みたいな感じで、東京・伊豆諸島にある御蔵島の民宿で働きながら、イルカと一緒に泳げるツアーで子どもを引っ張ってガイドをする仕事をしていました。その頃からなんとなく、いつか動物関係の仕事に就きたいと思っていました。動物園というよりは、自然の野生動物と触れ合いたいというか。

 

また、御蔵島で初めて田舎の生活を知ったとき「こっちの方が楽しいな」と思って、卒業後やその先でもどこかで「田舎の方で暮らしたいな」という思いがあったのが、そもそもの地方移住のきっかけですね。


− 移住先を勝浦に決めた理由はなんですか?

中林さん

決め手はもう、この物件です。この場所がたまたま勝浦だったという感じです。

 

東京からも近くて、自分たちの好きな海も綺麗という条件、さらに蜂を飼うにあたって千葉の房総や三浦半島あたりを探している中で、蜂屋さんがあまり居ないのは夷隅(いすみ)地域だと教えてもらってから重点的に探していました。 最初は特にこだわりはなかったんですけど、勝浦のこの土地を見つけて1回見に来たら「もう絶対ここ!」と思って決めました。


− この場所はどうやって見つけたんでしょうか?

中林さん

「田舎暮らし 勝浦」で検索してネットで見つけました。地域ごとに調べていって、求める条件を箇条書きにしていったとき、やっぱりある程度の広さが欲しいなと思って、土地の広さも条件にして探していました。

 

移住すると決めたのは、2012年の春くらいに「今年いっぱいで仕事を辞めて移住しよう」と決めて、その年の夏休み過ぎくらいから物件を探し始めて、実際にこの土地に出会ったのが9月くらいかな。それで、10月に購入して、そこから半年くらい通いながら片付けつつ、翌2013年の春に完全に移住したという流れでした。


− 購入当時のお家や土地の状態はどうでしたか?

中林さん

土地の状態は、以前に住んでいた方の荷物が残ったままで、軽ダンプもトラクターもついていました。不動産屋さんがこまめに草刈りもしてくれていたので綺麗だったし、家も荷物もそのまま普通に使える状態でしたね。手直しはちょっとは必要だったけど、すぐに住むことができる状態でした。

 

ひとつだけ普通の人にとってはネックになるポイントが、土地に農地が含まれていたので、農家にならないとその土地を取得できないということだったんですが、私たちは元々やるつもりだったので、その点は全くネックになりませんでした。


国道から脇道に入り、ワイルドな山道を登ると、豊かな木々に囲まれた中林家に到着。

移住の翌日、崖が崩れる


− いざ勝浦に住んでみて、困ったことはありましたか?

中林さん:

勝浦に来る前の田舎が本当に小さな島で、コンビニもないし、病院も小さな診療所しかないようなところだったので、逆に極端な不便さを知っていました。それでもどうにか生きてこれていたので、「それに比べたら全然平気じゃん」みたいな思いのほうが強かった気がします。

 

でも、移住してきて次の日の朝にいきなり崖が崩れていて、外につながる道が通れなくなりました。どこに連絡すればいいのか分からなくて困りましたね。


− そのときはどう対処されたんですか?

中林さん:

そのときは朝5時頃の早朝で、私の親も来ていたので、「よくわからないからとりあえず救急に電話しよう」という話になりました。その後、消防車と救急車が来て、市役所にも伝えてもらい、市役所の人が業者を呼んでくれて、片付けてくれました。

 

多分地域の人たちには、移住して翌日でいきなり存在がバレたと思います。早朝から救急車と消防車が来たら「あ、なんか来たんだな」って思われるじゃないですか(笑)


− 勝浦に移住して来たときの周りの反応はいかがでしたか?

中林さん:

ありがたいことに結構ウェルカムな雰囲気でしたね。近所のおじさんたちがうちの敷地みたいなところでタケノコを掘っていて、「前の住民のときは掘らせてもらってたんだよ」なんて話していたら、その方がたまたま区長さんで地区の話を聞けたり、米を持ったおじさんがいきなり現れたり、すごい良くしてもらいました。田舎でよく聞く「玄関先に野菜が置いてある」ようなことはあまりありませんが、「魚もらったから取りに来なよ」と連絡をいただいて、おすそわけをもらうような交流はやっぱりあります。


− ご自身でもタケノコを掘ったり、山で何かを採ったりされるんですか?

中林さん:

採ります採ります。タケノコはほんとにたくさん出てくるから、食べないとどうしようもないので、友達が遊びに来てはみんなで掘ったり、送られてくるのを待ってる親戚もいるので、タケノコシーズンは大忙しです。いっぱい掘って茹でて送る、みたいなことをやってます。


仕事も暮らしも遊びも、境界線がない感じ


− 勝浦での生活において、買い物はどうされていますか?

中林さん:

買い物は週に1度、生協でまとめて頼んでいます。 「生活クラブ」という生協で、家には届かず街中に届くため、街中に出る機会のついでに受け取りに行っています。あと、野菜は知り合いの農家さんが作っているものを買うのがメインですね。


− スーパーマーケットは市内を利用することが多いですか?

中林さん

基本的には、市内の大型スーパーなど、市内を利用することが多いですね。昔は大多喜のほうでアルバイトをしていたので、そっちのスーパーにもよく行ってました。ホームセンターに行く必要があるときは、勝浦市内にはないので、いすみ市や茂原の方まで行きますね。


− コスト面での変化はありましたか?

中林さん

大きな変化はなかったかな。でも、知り合いが小さいお店をやっていたり、農家だったりみたいな場面が増えたから、食費は意外と上がってるかもしれません。やっぱり美味しいものや良いものが多いから、うちは食費の割合が高い気がします。


− 休日のはどんな過ごし方をしていますか?

中林さん

仕事も暮らしも遊びも、良くも悪くも境界線がない感じですね。

 

「ガッツリ遊ぶぞ!」ってときは、夏場ならやっぱり海に行くことが多いです。雨の日の休日は家でゆっくりしながら映画を見たり、「茂原に買い物行こう!」みたいな日もあります。でも基本的には、うちの庭で遊んだり、友達の家の庭で遊ぶとかが多いかな。


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