北﨑 匠さん

◆移住元

 大分県大分市

◆移住した年

 2019年4月〜

◆略歴
 2000年7月  大分県大分市生まれ

 2019年4月  国際武道大学入学

 2020年3  旅館松の家にてアルバイト開始

 2022年10月 キッチンカーイベントを初開催

 2023年3月  国際武道大学卒業

 2023年4月  旅館松の家へ入社

 



 

本日はよろしくお願いします。

 まずは、簡単にプロフィールを教えてください。

 北﨑さん

北﨑 匠(きたざき たくみ)と申します。大分県大分市出身、今年で23歳になります。2019年に国際武道大学(以下、武大)へ入学するため、勝浦に移住しました。現在は「旅館 松の家」で正社員として働きながら、定期的に勝浦市でキッチンカーイベントなどを主催しています。 

 

進学当時、勝浦に来るにあたって不安はありましたか?

 北﨑さん

正直なところ、ひとつもなかったんです。武大には地元の先輩もいたし。それに大分といっても田舎の方なので、関東に行けることと一人暮らしができることの喜びや楽しさの方が勝っちゃって、不安な部分は「まあ、どうにかなるだろう」という感じでした。

 
きっかけは"水球のチームを作りたい"という想い

 

− 国際武道大学へ進学を決めた理由を教えてください。 

 北﨑さん

教員になりたかったことが進学の理由でした。高校時代に水球をやっていたんですが、次は監督として大分県を国体に連れていくため全国の強豪と言われる水球のチームを作りたいと当時は思っていて。それで、教員の勉強ができる大学を探していたんです。加えて、たまたま自分の二個上の先輩がいたという繋がりもあって、国際武道大学に決めました。

 

− 水球を始めたきっかけはなんですか?  

 北﨑さん

父親が水球の監督だったんです。自分が生まれたときから目の前にプールがあったっていう(笑)。だから、父の仕事場に行くとなると大体はプールに行くことになって。でも、最初は水球やらなかったんですよ。小中学生の頃はバスケをずっとやっていたので、高校では何もしないと決めていて。ただ、自分が左利きだったんですよね。スポーツだと”左利きは有利”ってよく言うじゃないですか。それでいつの間にか「水球やってみよう」って話になって。それでやってみたら、最初は全然分からなかったんですけどだんだん慣れていって、気づいたら水球にハマっていました。

 

− コロナ禍での部活動はどうされていたのでしょうか?  

 北﨑さん

大学2年になってすぐコロナ禍となり、そこから半年くらい部活動停止になっていましたね。その後、再開にはなりましたけど、最初は希望者のみとか、感染症対策をしっかり行ってとかで少しずつ緩和されていった形でした。

 

− 大学時代のお話を聞かせてください。  

 北﨑さん

大学はとにかく楽しかったです。と言っても、コロナ禍であったので大学2年からは思うように行けず、4年生になってからやっとまともに大学に通えるような状況でした。その頃にはほとんど単位も取り終えていたので、週1〜2回しか行かないときもありましたね。でも、とても充実していました。

 

− 入学当初は教員になりたかったとのことでしたが、卒業する頃にはどんな進路を考えていましたか?  

 北﨑さん

もちろん教員になる道もあったんですが、このまま教員を目指すか、就職するかのふたつに絞っていました。

就職が選択肢に上がった理由は、進路を決める際に「旅館 松の家」でアルバイトをしていたことがきっかけでした。

 
「自分にできることならお手伝いしたいです」

 

− 現在は「旅館 松の家」さんで正社員として働いてらっしゃいますが、その経緯を教えてください。

 北﨑さん

きっかけは、コロナの影響で金銭的に大変だったときに支えてもらったことです。そのときアルバイトをしていたのが「旅館 松の家」で、社長と女将さんが多くシフトに入れてくれたり、すごく気にかけてくれたんですね。

 

自分がコロナにかかってしまって家に食べ物が何もなく買いにも行けなかったときも、女将さんが家の前まで来て「会えないから車の上に置いとくね」ってカレーを持ってきてくれて。そのときはまともな食事をできていなかったので、持ってきてくれたカレーが本当に美味しくて泣きそうになりました(笑)。

 

なので、自分からしたら勝浦の父ちゃん母ちゃんじゃないですけど、次はこっちが支えてあげたいというか、何か恩返ししたいなと。それで「自分にできることならお手伝いしたいです」とこちらからお願いをして。「そう言ってくれるなら残ってほしい」と言ってくださったので、松の家への就職を決めました。

 

− そのとき、迷いはなかったのでしょうか? 

 北﨑さん

なかったですね。この仕事が楽しいと思っていましたし、いろいろやっていくうちに改善できることもいっぱいあって、改善したらそれがお客さんの口コミとして反映されたり、目に見える結果として出るのが楽しかったんです。

 

でも、勝浦に完全に移住することに対してやっぱり両親からは「帰ってきてほしい」とか、周りからの反対もかなりありました。そういった反対意見に対しては、もう形で見せるしかないなと思って。最初のうちはなかなか認めてもらえなかったんですけど、キッチンカーのイベントを立ち上げて実施した際に千葉日報さんに取材をしてもらったんです。その記事を両親に見せたり、実際に去年の冬に勝浦へ来てもらって仕事風景を見てもらったりしていくうちに、だんだんと認めてくれるようになりました。最終的には「もうちょっとここで頑張ってみなさい」と言ってくれて。コツコツ積み上げた結果、今に至ったという形ですね。

 

− キッチンカーのイベントとは、具体的にどんなことをやっているのでしょうか?  

 北﨑さん

空いた土地やお店の軒先にキッチンカーを呼んで、その通りを盛り上げるようなイベントをやっています。始めた経緯は、コロナ禍で子どもたちが出かける場所がなくなってしまって可哀想だなと思ったことと、旅館の口コミで「この周辺に何もない」という意見が多かったことがすごくショックで。だったら一時的にでもこういったイベントで賑わいを作れれば地元の子どもたちも足を運んでくれるし、そのときに泊まったお客さんにも喜んで帰ってもらえるんじゃないかなと。観光客からしても勝浦の滞在時間が長くなるんじゃないかなと思って開催しました。

 

− キッチンカーイベントは過去に何度開催されましたか? 

 北﨑さん

2回ほど旧市役所通りでやったのと、キュステ(勝浦市芸術文化センター)さんや勝浦市観光協会さんに声をかけていただいたり、東急さんと一緒にコラボレーションもしたので、計5回やっていますね。

 ▶︎キッチンカーイベントについては、 instagram_logo「#推し勝実行委員会」Instagramアカウントにて情報発信中
 
子どもたちが輝ける場所が今すぐにでも必要なんじゃないか

 

− イベントを開催するにあたって大変だったことはありますか?  

 北﨑さん

大変なことは本当にたくさんありました。各方面に許可を取ることももちろんですし、そもそもそういったイベントをやったことがなかったので骨組みを作るところから苦労しましたね。さらに、作って満足ではなく作った後も開催するためにすぐ動かないといけなかったり、書面で交わしていたことと内容が違うなんてこともありました。とはいえ、まだ若いのでこれも経験だと考えて「いつか自分が歳を重ねたときに活きてくる」と思って何とか乗り切りました。

 

− なぜ、キッチンカーを選んだのでしょうか?

 北﨑さん

コロナ禍のときに東京都がテイクアウトとかそういった類のものに補助金を出していたんです。起業する方に100万円か幾らかを出していて。そのニュースがたまたま家にいたときに目に入って「あ、これだ」と。それで調べてみたらキッチンカーっていろんな料理があるんですよね。韓国料理やベトナム料理といった海外だけでなく、沖縄料理から北海道料理まで各都道府県の料理がたくさんの種類があって、「食」がつくるものって可能性として無限大だなと感じたんです。いろんなバリエーションのあるキッチンカーを選べば、子どもたちにも間違いなくウケるし、勝浦という地域に合った食べ物も呼べるなと思いました。

 

− 初めてイベントを開催したときの感想を聞かせてください。 

 北﨑さん

最初に企画したときはとにかく「やるぞ!」って感じですよね。ただ、その気持ちには波もあって下がったときは「どうしようこれ」なんて思ったりもしました。でも、実際にやってみると子どもたちがたくさん来てくれて喜んでいたり、「次はいつですか?」とか「次はこういう料理を呼んでほしいです」なんて意見を聞けたりもして、すごく嬉しかったです。例えば、子どもが3〜4人で来て1店鋪で買ったものを皆で共有しあっていたり、そういうところから会話が生まれているのを開催中に見れたときに、大変だったけど本当にやってよかったと思いましたね。

 

− 今後のイベントについて構想はありますか? 

 北﨑さん

子どもたちが輝ける場所が今すぐにでも必要かなと思っています。勝浦の人口分布を見ると20代が多いんですが、これは大半が大学生ですよね。その後に続く30代、40代を見ると半分近くになってしまっているんです。

 

移住者や大学生ももちろん大事なんですけど、地元の方が残ってくれないと「地元の良さ」を外に発信することができないと考えていて。子どもの頃に何か楽しいことや思い出になるようなものがあったら、「あのときってこういうことやってたよな」→「その人に聞きに行ってみよう」→「じゃあ自分たちでもできるじゃん」と、今の子どもたちが高校生や大学生になったときに勝浦に残って起業するケースも出てくるんじゃないかなと。そのためには若い子が意見を言える場所や、主役で成り立つようなイベントや会社が必要なので、そういうきっかけ作りになる手助けや地元の子どもたちにスポットを当てた企画ができたらと考えています。

 

− 勝浦で新たにイベントや起業をしたい方に向けてメッセージをいただけますか?

 北﨑さん

やっぱり何事も諦めないことが大事なのかなと思います。どんな仕事で何をやるにしても反対意見というのは少なからず必ず出ると思うんです。でも、その反対意見に飲み込まれないように自分の信念を曲げないでいれば、必ず待ってくれている人もいます。やりたいことに共感してくれる友達、親御さん、近所のおじちゃんおばちゃんでも誰でもいいんです。勝浦は周りの人が協力してくれる街だから「こういうイベントがあったらいいな」と、いいものに共感していろんな人が多方面からお手伝いしてくれれば、きっといいものができるはずです。どうか、ひとりで抱え込まずにやってみてください。そういう風に、若い子にもどんどん企画してもらえたらいいなと思いますね。

 

− その他にやりたいこと、既にやっていることはありますか? 

 北﨑さん

今はLINE上でアルバイト募集ができる「かつうら掲示板」を運営しています。例えば、「市内の単発の仕事なら◯あります」「3ヶ月くらいの長期でお仕事があります」「アルバイト or パートで今を募集してます」といったバイトの募集を、学生たちがLINEのトーク上で確認ができるシステムになっています。そこから確実に大学生を引っ張ってこれるし、自分のようにアルバイトで働きながら卒業後にそのまま就職して勝浦に残るという学生たちの選択肢にもなるのかなと思っているので、もしまだ登録していない武大生がいたらぜひ登録してみてください。

 

また、そういう仕組みがあれば地元の人と移住者と大学生といった3者の交流が生まれるんじゃないかなと。自分はまだ後輩が在学中なので繋がりもあるんですけど、歳を重ねると直接のパイプもなくなってしまうので繋がりのあるうちにこういうシステムを作っておきたいという部分もありました。

 ▶︎登録はLINE公式アカウント nekobiyori_hp「かつうら掲示板」にアクセス
 
  
新しい人が加わることで新しいものは生まれる

 

− どうすれば、武大生や地元の子どもたちが勝浦に残るようになると思いますか?

 北﨑さん

1番は地元の人との交流じゃないですかね。その部分は「かつうら掲示板」のLINEシステムでも少しは作れているのかなと思うんですけど、もっと拡大していかないといけないなと思います。それと、やっぱり働き口が少ない部分の改善ですよね。募集していること自体に気づけていない学生もいるのでそういう部分はカバーできればいいなと考えているんですが、どうしても東京などの大都市圏の方がお店や企業が多くあるため、学生からすると勝浦に残りづらい要因にはなってしまいます。稼ぐための仕事がなければ暮らせないので。そういった部分が改善されれば学生たちも勝浦に残りやすくなるのかなと考えています。

 

− 在学している武大生に向けて、何かメッセージをいただけますか?  

 北﨑さん

自分も在学中はあまり勝浦市の情報とかを熱心に見ていなかったんですよね。部活や大会で大変なのは分かるんですが、少しだけ地域の方にも目を向けてみると得るものが大きいかもしれないです。もし、何かをやりたいのなら自分もお手伝いして一緒にやっていきたいし、新しい人が加わることで新しいものは生まれるので、そういった取り組みに積極的に参加してくれる学生が増えてくれたらすごく嬉しいですね。

 

ただ、間違った方向には進んでほしくないんです。やんちゃするのが楽しい時期でもあるので、そういう部分に熱を使い過ぎてしまって5年後、10年後に振り返ると「バカやってたな」と自分で思ったりもするので。その時間を無駄にしたくないのなら、それこそ部活であったり自分がやっていることで地域に貢献したり、短期的に考えず長期的な考えで動くことで、この街で過ごすこと、残ることが楽しくなるんじゃないかなと思います。

 

− 私も武大卒業生なので、何か皆で一緒に盛り上げていければなと思います。  

 北﨑さん

ありがとうございます。武大生は元々が体育会系なので行動力が高いですよね、本当に100%でやってくれて手を抜いたりもしないし。そういう優秀な学生たちを雇えるところが地元にないのなら、将来的には自分が手を挙げて武大生を囲えるような、武大生で何かを作り上げられるような場所があってもいいのかなと、今は少しだけ考えています。マジで残ってくれ!武大生!!(笑)

 

− 北﨑さんが勝浦に移住してみて、良かったと感じた部分はありますか?  

 北﨑さん

勝浦は人が皆温かいですよね、何を相談しても答えてくれるし。例えば、挨拶しても返さない人っているじゃないですか。勝浦だと返してくれる方がすごく多いし、それだけで朝の出勤前とか何をするにしても気持ちがいいですよね。あとはご飯が美味しいし、なんといっても夏が涼しい。

 

− 逆に、ここはもっと良くなってほしいと感じた部分はありますか?  

 北﨑さん

観光客向けに交通の便がもっと便利になればいいのにと思います。観光でイメージを売っている街だから、観光客向けのタクシーがあったら観光がよりいいものになるんじゃないかなと感じています。あとは、夜にもタクシーが欲しいですよね。現状、夜は走っていないじゃないですか。そういうところにうまく大学生とかを取り込めないのかなという風には考えています。事故だったり、深夜は厳しいのも分かるんですけど、多少のリスクを背負いながら開拓していかないと学生の雇用も生まれないのかなと考えています。

 

普段、日常生活や買い物などで不便に感じることはありますか?  

 北﨑さん

僕、あまり物欲がないんですよ。着る服とかもファストファッションでいいやと思っちゃうタイプなので。もちろん必要なものがあるときは車で買いに行ったりもしますし、今はネットがあるからインターネットで購入して宅配で届けてもらったりするので、生活していて不便に感じることはほとんどないですね。

 

敢えて言えば、よく車で近くの大型スーパーに食材や生活用品の買い物に行くんですけど、旅館の仕事が終わるのが22〜23時頃なので何か買いに行こうと思っても閉まってるんですよね。そうなると明日の昼に食べるものがなくて結局コンビニ弁当に頼っちゃうので、その辺りの時間帯にスーパーとかが開いていたら嬉しいなとは思います。

 

− 休日は何をして過ごしていますか?  

 北﨑さん

休みの日こそ自分のやりたいことに時間を注げるところなので、大体はそういう部分に力を入れたりして過ごしていますね。逆に仕事から離れたいときは、ドライブしながら美味しいものを食べに行って買い物して帰るとか。市内なら海にしばらくいて、気づいたら寝てしまって隣に猫がいるなんてこともありますね。そういう静かなときにアイデアが浮かんで「やばい、PC持ってないから帰ろう」みたいな感じで10分で帰ることもよくあります(笑)。

基本的には休みのときこそ頑張らないといけないと考えています。お店をやられている方々は毎日お店のことを考えてるので休みなんてないじゃないですか。僕らは若いからこそ、もっと勉強してアイデアを膨らませて、なるべく休みの日を自分の中で作らないようにしています。

 
  
生意気なことを言うと、全ては”覚悟”から始まる

 

− 北﨑さんにとって「勝浦」はどんな場所ですか? 

 北﨑さん

なんでもやりやすい場所ですよね。自分はイベントをやりましたけど、言ってしまえばそれだって思いつきなんです。テレビで見て「あ、これだ」と思ったら、それを通すために企画書がいると言われて、企画書を作って持って行ったら「次はこうしてください」と相談に乗ってくれる方がいて。そしたら10月にすぐ一回目が開催できて、その4ヶ月後の2月にはひな祭りと連動できたり。そんな風に人が温かくて相談にも乗ってくれるから、なんでもチャレンジしやすい環境にあるのかなって。また、都会に比べて発展していない部分もまだまだあるので、自分の地元にあったものを取り入れるだけでも勝浦の人にとっては嬉しかったりもします。しっかりと自分の想いや熱のこもった企画さえあれば必ず理解してくれる人はいるので、そういうところが勝浦のいいところでもあるのかなと思いますね。

 

− 勝浦へ移住を考えている方へメッセージをいただけますか? 

 北﨑さん

先にも話しましたが勝浦の人たちは温かいし、本当に過ごしやすい場所です。夏は涼しく、冬はそんなに寒くない。楽しいレジャーやマリンスポーツもあるし、海の幸などの美味しいものもたくさんあります。もし松の家に泊まりに来ていただければ、自分が勝浦の魅力をお話しすることもできるので、移住を考えているならばまずは一度足を運んでいただいて、いろんなものや場所をぜひ直接その目で見て回ってもらえたら嬉しいなと思いますね。

 

最後に、同世代の若者や在学中の武大生に向けて少し生意気なことを言うと、全ては”覚悟”から始まるような気がするんです。自分はもう23歳です。側から見れば「まだ23なんて赤ん坊よ」という声が出るかもしれませんが、20歳のときに勝浦へ定住する覚悟があればもっとイベントに力いれることもできたし、もっといいアイデアが浮かんでいたかもしれない。従業員を1人雇うことだってできたかもしれません。悩む時間なんて勿体無かったなと後悔しています。もし、「移住しようかな」「卒業後も残りたいな」と悩んでいるのであれば最後は覚悟です。自分としてはぜひたくさんの人に勝浦に住んでもらいたいと思っています。そのために僕も窓口を広げて待っているので、企画する側や運営する側にもどんどん入ってきてもらって、ぜひ一緒に勝浦を盛り上げていきましょう!

 

− 北﨑さん、本日はお忙しい中貴重なお時間をいただきありがとうございました! 

 北﨑さん

ありがとうございました!

 

 

インタビュー日:2023/7/18
インタビュアー:勝浦市企画課移住定住支援班
写真:勝浦市地域おこし協力隊 大和田里奈
写真提供協力:北﨑匠さん

▼北﨑さんが通っていた「国際武道大学」のHPはこちらから!

kokusaibudoudaigaku_hp「国際武道大学」HP 

 

▼北﨑さんが勤めている「旅館 松の家」の情報はこちらから!

matsunoya_hp 「旅館 松の家」HP 

instagram_logo 「旅館 松の家」Instagram 

 

▼「キッチンカーイベント」の情報はこちらから!

instagram_logo 「#推し勝実行委員会」Instagram

 

 ▼「かつうら掲示板」の登録はこちらから!

nekobiyori_hp 「かつうら掲示板」LINE公式アカウント 


 

北﨑さんに直接話を聞いてみたいという移住検討者の方は、お問合せフォームよりご連絡ください。

 

お問合せフォーム